時空の神宝 Ⅱ ~時を越えたシンクロニシティ― for 少女十六夜~ 作者:苗場翔
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第1話:始動

 第二十一代令位守護者である早神令時(はやがみれいじ)は、時空の連環の定めを解き放ち現世に帰還して三年が絶っていた。

 勤めていた会社を退職し、新たに仲間と共にベンチャー企業を立ち上げていた。

 表向きはAI関連のモジュール開発だが、実際は第二十一世界から持ち帰えることができた最上級グレードの

翡翠を利用した過去世界との通信の研究と現世に共に転移したであろう蜂妖精女王の十三夜(つきみ)の消息を掴むことであった。

「マスターどうされました?」

「ああ、(あおい)か。小学生のころの出来事を思い出してたんだが、それが夢だったのか、現実だったのか定かでなくて」

「その出来事が何か気になることでも?」

「今までずっと忘れてたんだけど、蜂妖精が出てくるんだよ」

「え? この世界には妖精はいても見えないっていつもおっしゃってたじゃないですか」

「そうだな。でも妖精を見ることができるヒントが何かあるかもしれない。」

◆-- 子供の頃の迷子の蜂妖精女王の思い出--◆

 今日こそは、オオクワガタを見つけるんだ。僕はこの夏休み中、毎日、里山に通っていた。

「お兄ちゃん、また朝から山に虫取りに行くの? 私も連れてってよ」

「だめだよ。付いて来れないだろ。この前、竹やぶのトンネル怖がって行けなかったじゃないか」

 里山に入るには、自分の背丈ほどある笹を分け入るところから始まる。ほどよく歩くと一つ目の目印の小さな鳥居と祠があり、小道が現れる。そこは木漏れ日が入っていてまだ明るい。

 鳥居の横を通りすぎると問題の場所である竹やぶのトンネルが現れる。

 竹やぶのトンネルには、お日様の光は全く届かず、ここから見ると、真っ暗で、先が見えなかった。いつも何か怖く全速力で走り抜けていた。

 今日は、妹の手を引きながらここまできたけど、既に僕にしがみついている。ああ、やっぱり重荷だよな。ここを通り抜けるのにいつもよりゆっくり走らないといけないし。

「走れる?」

「うん…」

 僕は、妹の手を握って竹やぶのトンネルへと走り出した。いつものとおり真っ暗だ。もうちょっと行けば、出口の光がみえるはず…いつもよりゆっくり走っているからか、時間がすごく長く感じる。

 パキ! ドサ!

「お兄ちゃん! 待って」

 僕は後ろを振り向いた。倒れたはずの妹は僕にくっついて立っていた。

 竹やぶから抜けたところで、目の前には見知らぬ草原がずっと広がっていた。

「あれ? 竹やぶを走り抜けたっけ?」

「ああ、やっと追いつけたよ。いつも早く行ってしまうから、呼び止められなかったけど」

「どこから声がする?」

「お兄ちゃん、頭の上に何か飛んでるよ。大きな蜂さんみたい」

 まずい、大きな蜂っていうことは大スズメ蜂か。僕は咄嗟に虫取り網を振り回した。

「そんなに振り回さなくても大丈夫だよ、私は刺したりしないよ」

 また、声が聞こえるが、姿が見えない。妹には見えているようで飛んでいる蜂を目が追っかけていた。妹がその蜂に尋ねた。

「ねえ、あなたは妖精さんなの?」

「そうだよ。蜂の妖精で女王なんだよ」

 どうやら、蜂妖精女王がここにいるらしい。僕には見えないが、声だけは透き通った歌のように聞えていた。

「僕らに何の用? ここはどこなの?」

「ここは里山と妖精の森の間にある迷いの森なの。私は妖精の森に帰りたいのだけど、帰り方が分からなくなって迷子になったの。ずっとここで話せる人を待ってたの」

 蜂妖精女王が言うには、毎日僕に声を掛けていたらしい。でもいつも竹やぶを全速力で走り抜けて行ってしまって、僕は気づかなかったらしい。そういえば、風の音が歌のように聞えてたけど、気にしていなかった。

 今日は、妹を引き連れてゆっくり走って、途中で転んで立ち止まってしまった。

「お兄ちゃん、私達も迷子になったの?」

「大丈夫だよ。迷いの森かぁ。ここから抜け出さないと」

 僕は妹を不安にさせないように大丈夫と答えたが、実際は自分も戸惑っていた。里山の隅々まで熟知しているけど、ここの広すぎる草原に見覚えはない。

 蜂妖精女王は迷子になってるくせに楽しそうな声で歌いながら、僕の頭の周りを回っているようだった。妹は、蜂妖精女王と一緒ににこにこしながら歌を口ずさんでいた。自分が迷子になってることを既に忘れているみたい。

『お日様に誘われて、バラの森で見つけた天青色のガラス玉、ガラスの中に元気に走る少年映ってる、会いたいなこの少年に、手に取ってみたら草原にひとりぼっち、帰りたい妖精の森に、帰りたい皆のところへ』

 ガラスの中の少年って、きっと僕の事だろうと思った。

「お兄ちゃん、蜂妖精女王が言う天青色のガラス玉って?」

「この前、きれいな水色の透明なビー玉あげたよね。それの事なんじゃないかな」

「あのビー玉、どこかに落っことしちゃったよ。ポシェットに入ってない」

「ふーん、ビー玉っていうのね、あのガラス玉。手にとったら、無くなったんだよ」

「じゃ、それを見つけたら、もしかして皆もとの場所に戻れるかも」

 目の前を薄い赤色の綿毛がそよ風に吹かれて草原いっぱいに流れていく。行きつく先には、大木がそびえたっているのが見る。周りを見渡しても、それがぽつんと一本立っているだけだった。大木はこっちへおいでと僕に言っているような気がした。

 僕は、妹を連れて大木のところに行ってみることにした。蜂妖精女王もついてきているようだ。妹に見えて、どうして僕には見えないんだろう。声しか聞こえない。僕のことが怖いのかな? いつも大スズメ蜂を追っ払ってるからかな?

 手に持っていた虫網を振り回してみた。網の中には薄い赤色の綿毛がいっぱい採れた。

薄い赤い色の綿毛は途切れることなく大木までたどり着いては、上空に舞い上がって見えなくなっていく。緑の葉っぱをやどしたまま大木が燃えてるような不思議な光景だった。

 大木の根元までたどりついて、僕は改めてこの大木の大きさに圧倒された。幹の太さは

妹が走って回って十数えて戻って来れるぐらい太かった。

「お兄ちゃん、みてみて、蜂妖精女王といっしょに、綿毛もついてくるよ!」

「蜂妖精女王は、やっぱり見えないや」

 蜂妖精女王は見えないけど、今なら綿毛を引き連れているから飛んでいる場所がわかる。虫網でどうしようもなく採ってしまいたい気持ちが抑えきれない。僕は男の子だからね。虫網を振り回すのはしょうがないんだ。

「あれ? 飛べないよ」

「あ、ごめん。今、出してあげるから。でも僕にも見えたよ!」

 僕の手のひらに乗った蜂妖精女王のかわいらしい目が合った。妖精って蝶のような羽を

持ってると思ったけど、この妖精の羽は透き通ったガラスのような羽だ。

 お日様が羽をきらきらさせていた。

「すごい。これが妖精か!」

「お兄ちゃん、ずるい私の手のひらにも乗せて」

蜂妖精女王に妹の両手の上に乗るように頼んでみた。僕の手のひらから、妹の両手に舞うように飛び乗った。虫網で捕まえたことは気にしてないみたいだ。

「妖精さん、水色の透明なビー玉、どこにあるか知ってるかな?」

 蜂妖精女王は自分がビー玉に触って迷子になった時には無くなって、今どこにあるかわからないらしい。

 相変わらず薄い赤い色の綿毛は、周囲からこの大木の上の方に流れていってる。僕はその流れを追いながらぼーっと頭上を見ていたら、ずっと上の方でキラキラと青く光る物が見えた。

「きっと、あれだ!」

「お兄ちゃん、採ってきて」

 僕はさ、男の子なんだけどね。木登りは苦手なんだよと思いながら、蜂妖精女王を見やった。蜂妖精女王はにこりとして、すっと青い光の方へ薄い赤い色の筋を引きながら飛んで行った。

 ぽとりと大木の根本に天青色のガラス玉が落ちてきた。続いて蜂妖精女王も降りてきて僕の肩にちょこんと座った。

 三人がいっしょに、その天青色のガラス玉を覗きこんだ。

『薄い赤い色の綿毛に誘われて、草原の大木で見つけた天青色のガラス玉、ガラスの中に三人が映ってる、帰れるかな元のところに、帰れるよね皆のところへ』

 パキ! ドサ!

「おいで、あのトンネルの先まで走るよ」

「うん」

妹のポシェットには妖精の世界で、天青色のガラス玉と呼ばれた水色の透明なビー玉がひとつ入っていた。風の音が「さよなら」と言ったように聞こえた。

『また会いたいな、あの草原で』

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「なるほど、たしかに気になるキーワードがありますわ。『天青色のガラス玉』って」

「妹に確認してみるか、天青色のガラス玉持ってるかって」