時空の神宝 Ⅱ ~時を越えたシンクロニシティ― for 少女十六夜~ 作者:苗場翔
32/100

第31話:黒い群体のボス黒紫の飛蝗の捕獲 その1

 なんとしても、はぐれサバクトビバッタ群体を岷山山脈を越える前に、ボスの黒紫の飛蝗を捕獲する必要がある。岷山山脈を越境した東側は、中国中央の機関の防疫部隊が陣取っており、大規模駆除に乗り出すことは目に見えており、そうなると今回のボス捕獲が失敗に終わる。

 それはつまり、ボスの黒紫の飛蝗が発する原始思念波の解明が遠のき、ひいては十六夜(いざよい)の救出計画も危うくなるという事態に陥る。

 山脈の山頂からの吹き下しが止んだ。

 はぐれサバクトビバッタ群体は再び中腹から山頂に駈上って来ていた。美香が集積疑似思念波カウンターで追っていた飛行の軌跡を見ると、紅の龍の頭部である我々が陣取っているキャンプである。

「向こうからやって来ているな。皆、紫外線変換ゴーグルを付けて、スタンバイだ」

「レイジ、了解シタヨ」

「あはは、今回、銃と剣と魔法ではなくて、武器は虫網か」俺は苦笑した。こんなところまできて虫取りとは」

 全員、紫外線変換ゴーグルを付けた。特殊蛍光塗料を帯びたボスの黒紫の飛蝗を目視する為である。

 虫網で捕獲できるのか自信がない、子供の頃、虫網を振り回したところで蝶さえ取れなかった。振り回してるだけで、全て空振りである。こんなことならもっと練習しておけばとこんな事態になって思った。

「早神殿、捕獲は私に任せなさい。今まで幾度となく各地で虫網で捕獲してきましたからの」

 九条慎太郎のレクチャーが始まった。大人が子供に採り方を教えるように嬉しそうに語っていた。

 それによると、草花や地面の上で止まっているときは、上から一気に被せるように、枝から飛び立とうとしている時は、寸前のすくうように、飛んでいる場合は、進行方向前面をすくうようにと。

 今回は、飛んでいる状態を捕獲する難し場面だが、バッタは蜂やトンボと比較して方向転換の自由度はあまりなく、進行方向させ見極めていれば必ず捕獲できるということだった。

 レクチャーを受けて、練習したが男性陣は、まあそれなりに過去の経験もあり大丈夫かと思う振りだったが、女性陣は、全く使い物にならないような振りだ。向こうから飛び込んでくるのを祈るしかないような振りで、俺は苦笑した。

「レイジ、何か笑っているな」十三夜(つきみ)が虫網を俺の方に突き出して言った。

「頑張ってくれ。くれぐれも九条殿の邪魔だけはしないように」

「マスター、来ました! 見えてます」

 特殊蛍光塗料が紫外線変換ゴーグルではっきりと青白く光っていた。

 その後に続く、黒い群体が上空を覆っている。このあたりをなぜか周回しているようで、どんどんその密度が上がってきた。

 九条美香、東條葵の両名は早くも戦線離脱し車の中へと自主避難した。やはりこの膨大な虫はだめらしい。

 車の中からでも何か叫び声がする。虫網に飛び込んできたバッタが車の中に放たれたようだ。

 放っておこう、戦力外だ。

 十三夜(つきみ)は大丈夫のようで、虫網をなぎなたのように構えて、上空を見つめていた。

 子飼いの、はぐれサバクトビバッタの一群に指示を与えているようであった。

 黒い群体が越境せず、上空を周回しているのは、十三夜(つきみ)が四代目の上位バッタに旋回を指示しているのだった。

 三代目のボスの黒紫の飛蝗がそれを追っていた。

 渦の中心から青白く翅が煌めく個体が急降下してきた。まぎれもなくボスの黒紫の飛蝗である。

 我々三人、早神令時、九条慎太郎、郭宇豪は一斉に十三夜(つきみ)の頭上に虫網を振った。

 急降下してくる虫を捕獲する、この状況のレクチャーは無かった。昆虫生態学の九条慎太郎でさえこんな状況はなかったはずである。

 地面に伏せた虫網が三つ、十三夜(つきみ)の返された虫網が一つ。

 九条美香が車の中から集積疑似思念波カウンターを、こちらに向けて静止しているのが見えた。

「どれかの網に捕獲できている! 間違いない」捕まえてはいけないものを捕まえたような気がして俺は鳥肌がたった。

「やったー」九条慎太郎も子供のように叫んだ。

 十三夜(つきみ)は満面の笑みで微笑んでいる。前にも見たことがある十夜族特有の笑みだ。成功した時の。