紅の龍の頭部エリアの真ん中で、地面に伏せられた白い虫網が四つ。それぞれの虫網は、捕獲したサバクトビバッタが入っているようだ。
車に退避していた美香が集積疑似思念波カウンターを持って走ってきた。
皆、カウンターの値を覗きこみ、カウンターが最大反応している虫網の柄を見上げた先は、プロの捕獲家を自負する昆虫生態学の九条慎太郎ではなく、蜂妖精女王こと
虫取捕獲の競争じゃないが、何か負けた感がくやしかった。九条慎太郎の方がもっと悔しいのではないかと思う。
竹の虫かごに、九条慎太郎が慎重に一匹ずつ入れた。
プラスチックケースの虫かごだと長時間入れておくと弱ってしまうので、竹の虫かごを用意していた。
郭君の成都の実家の納屋にあったものだ。わざわざそれを持ってきていたのである。
18cmもある大きなバッタで第3世代ボスの黒紫の飛蝗に間違いなかった。疑似思念波もカウンターで観測できている。
問題は、もう一つの竹の虫かごに入れられた15cmほどのバッタである。こちらの体色も紫色で、なんと疑似思念波もわずかであるが観測できている。これは紛れもなく
第4世代ボスも同時に捕獲していたのだ。
ボスを失ったサバクトビバッタの群体は飛翔方向が定まらず、霧散して行った。
早くこの場を離れなくてはならない、霧散したサバクトビバッタの群体がボスを見つける前に。疑似思念波を遮蔽する技術はまだ開発されていない。
ここ、紅の龍の頭部エリアにサバクトビバッタの群体が集まり出した。
美香は慌てて、車に走って戻っていく、車中では葵が手招きしている。
九条慎太郎は両脇に竹の虫かごを抱え、地面に落ちた虫網には目もくれず車に走って行った。
我々も後に続く。
「郭君、フルスピードで離脱だ。このまま山脈を越える」
「早神先生、戻るのではなくて、先に進むのですか?」
「そうだ、向こう側は今谷風で、山頂に向けて風が吹いている。サバクトビバッタにとって向かい風だ、
時間が稼げる。もし追ってきたら、中国政府機関が対処するだろう」
「承知致しました」
竹の虫かごには、黒い布が掛けられた。悪路で車が跳ねる度に、竹の虫かごから羽音が不気味に車内に響く。
その音を聞くだけで、女性陣は震え上がっている。一人を除いては。
「コノ竹の虫かごからは、敵意を感じるワ、コッチの虫かごから従順な思念波ね」
「九条殿、今回、二匹同時に疑似思念波を発するサバクトビバッタを捕獲しましたが、二匹とも日本に持って帰るのですか?」
「そうだ、良い方の想定外の事だ。
疑似思念波から原始思念波への変異の研究材料には大変有益だ。こんなにうまくいくとは」
「それは、日本に持ち帰ってからですね。日本の植物防疫法ではサバクトビバッタは輸入規制があったんじゃ」
「そこは、儂に任せておけ」
サバクトビバッタは、谷風からの風により、山頂を越えられず追って来ない。
無事、山脈を越えて、反対側に向かうことができた。

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