時空の神宝 Ⅱ ~時を越えたシンクロニシティ― for 少女十六夜~ 作者:苗場翔
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第33話:もう一つの観察者 その1

 サバクトビバッタ群体を振り切り、岷山山脈の峠を越え東側に降りた、相変わらずの崖の悪路である。

 切り立った崖に細々とした道路は左側が谷側だった。ところどころ薄っすらとした靄が立ち込めて

いたが谷底周辺は原始森林となっており、エメラルド色の五彩池も見えている。

 左側が谷側になっているのは、不安感が増す。やはり左側は山肌に寄り添いたい。

 ニッサンキャラバンが土煙をあげて、何重にもうねった崖を降りていった。

 このまま、成都へ向けて8時間の走行である。郭君の疲労も相当なものになっており、麓で俺が運転することになった。

「こんなところで検問みたいだな。渋滞してる」

「早神先生、あれはサバクトビバッタの群体を監視している政府機関です」

「まずいな、竹の虫かごは?」

「大丈夫です、車床下の隠しボックスに入れています。それにクロオオムラサキの蝶をダミーで置いてます」

 検問の順番がやってきた。

「身份证的出示」

 ニッサンキャラバンに乗る我々は、中国人が一人、日本人が五人。名目上は蝶の捕獲・研究ツアーである。

「检查包装」

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 我々が、岷山山脈の峠の西側から来たことから、不審がられサバクトビバッタ群体を見たかとか、

 あれこれ質問を受けたが郭君がそれなりに返答した。

 ドローンの補助カメラは没収されてしまった。空中撮影は許可がいる。許可がおりても映像は持ち出せないとのことだった。

 データは転送済みで、確信部の時間帯以外はSDメモリのデータは消去していた。

 写真を見せられ、ルビー色をした竜を見なかったかと聞かれた。ここにも噂が広まっているようだ。

 彼らの関心は、バクトビバッタの群体ではなくてルビー色をした竜に関心があるようだ。

 動画まで存在していた。山脈を悠然と飛翔する紅のドラゴンが映っていた。

 疑われているのは明白だ、このツアーの中におよそ昆虫とは無関係な人間である鉱物学者とAI研究者が混じっている。

 郭君の会社の上海AI幻覺(ファルゥー)は、中国全土でも有名で一、二を争う推論ができるAIである。

 この者がツアーガイドをしているのもおかしな話だ。

「我昆虫生態学者、九条慎太郎」IDカードを見せながら言った。

 検問者は端末から身分照会を行った。九条慎太郎とその横の九条美香を見て、我々は解放された。

 ついでに、美女三人に囲まれて写真を撮っていた。

「九条殿、あなたは何者なんです?」

「さあ、またの機会に話すよ。無事これを持って帰ることができれば」

 隠しボックスの虫かごに入るボス黒紫の飛蝗は静かだった。羽音が聞こえない。

 密閉はしていなかったので、暴れていたら見つかるところだった。

 上海AI幻覺(ファルゥー)と京都AI幻影(ファントム)は、ボス黒紫の飛蝗の放つ疑似思念波を見失っていた。隠しボックスが疑似思念波を遮蔽していたのである。

 もう一つの観察者も同様に疑似思念波を見失った。岷山山脈の峠から以降、追跡できないでいたのである、しかも、サバクトビバッタの群体は既に霧散していた。